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バンコクの素敵なホテル

先月、バンコクに行った際、
スクンビットエリアで母と泊まったホテルが
とってもfantasticでした。
スクンビット・ソイ1の、
アリヤソム・ビラ

バムルンラード病院のさらに先、
本当にドン付きまでいったところに、
ひっそりと建っている隠れ家的ホテル。
4年以上もこのスクンビットエリアに住んでいて、
このホテルのある路地に友達も住んでいるので、
今まで知らなかったのを不思議に思っていたら、
'08年にオープンしたホテルでした。

’60年代のモダン・タイ建築で、
イギリス人建築デザイナーがオーナー。
部屋のインテリアは落ち着いたアジアンテイスト。
ダブルもツインもあります。
アリヤソムヴィラ 部屋

バスルームは、バスタブ、シャワーブースに分かれていて、
バスタブにも可動式のシャワーがあり、
とても使い勝手が良く、
アニメティーはオーガニックのレモングラス・ソープや
ジャスミンライス・ソープ、
シャンプーリンスもこだわったもの。
アリヤソムヴィラ バスルーム

花木が多く、プールまであります。
アリヤソムヴィラ プール

スタッフの対応も良く、イギリス人オーナー直々、
チェックイン/アウト時や朝食時に、
ゲスト一人一人に挨拶をしてまわります。

夜、プールサイドで食べた、
アイスクリームを添えたアメリカンチェリータルト、
とっても美味しかったです。

ちなみに1泊4300バーツ/部屋(約1.28万円)で、
タイでは安くありませんが、
ものすごく癒されるホテルです。
ここをバンコクの定宿にできるくらい、
仕事をがんばろ!っと。。
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チャーン島への渡航

赤シャツ隊の一部が
国会前に集結したことをきっかけに、
とうとうバンコクなどに非常事態宣言がでましたね。
国家が危機的状況なのか、
とビックリするかもしれませんが、
私がタイにいる6年の間に4-5回は出ていて、
珍しくはないし、普通に過ごせます。

この宣言が出て禁止される内容は、
5人以上の集会、治安を乱すと考えられる行為、
全ての媒体において、
国民に不安や間違った情報を与える記事の掲載、
政府が指定されたエリア、建物、道路などの利用です。

これら影響で、
バンコク市内はショッピングエリアや交通網で、
やや不都合があるかもしれませんが、
チャーン島への移動には問題ありません。
多くのツーリストが行き来しています。

そして、チャーン島は非常事態宣言で指定されている
県ではないので、5人でも10人でも、
100人でも集まってくださって、結構です。

以上、ちょっと驚いている人にお知らせでした。

そうそう、月曜の夜にバンコクから戻って来たリウ、
使者としては役立たずでした。
「デモ隊をちらっと見ただけで、近づかなかったよ、
俺はやらなければいけないことが山積み」と報告。
さすが、賢明な判断。
ココナツオイル工房を作る事が、
私たちのひとまずの課題。

バンコクの夜 民主記念塔へ

バンコクの赤シャツの集会状況は刻々と変わって、
今は私がいた先週の状況と随分変わってしまいました。
でも使者(リウ)をバンコクに放しているので、
明日夕方あたり、現場付近の最新情報が
聞けることと思っているのですが、
当の本人、ビジネスの方が楽しいらしく、
なかなか結果の見えない政治は、
どうでも良くなって来た様です。
昨日はオーガニックのセミナーが終わって、
どこに行ったかと言えば、赤シャツは赤シャツでも、
イギリスのプレミアリーグ、
マンチェスターユナイテッドの試合を
どこかのレストランのモニターで見ていたそう。
マンUが負けてしまったので、力尽き就寝。
今日もペチャブーン県(バンコクから400km北)
のオーガニックファーム見学後、
エンポリアムデパートに行った程度。

さて、先週はバーンディンソーにチェックインした後、
徒歩30秒とあまりにも集会会場に近いので、
弟と散歩に出かけました。
(私の状況判断では、その場所が危険はなく、
その場にあるタイ語の看板、演説のタイ語も理解でき、
何が起きても、自己責任を持って処理するつもりで
行ったので、良い子の皆様は真似しないでくださいね。)

ホテルを出た路地におかず屋さん、
そのすぐ先、ロータリーの入り口に検問、
駐車場の入り口に有るような簡易的な柵があり、
バックを持っている場合は、その中を赤シャツに見せ、
危険物を持ち込んでいないか確認されます。
バンコクの地下鉄入り口にいる警備員より丁寧にチェック。

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チェックをパスし、民主記念塔ロータリー内へ。
周りはホント真っ赤っかで、街の風景を見て、
これだけの赤が目に入っては、少々血が騒ぎます。
民主記念塔の小さな円形広場には、多くの人が座って、
集会の様子が映し出されているモニターを見て、
プラスチックの手形でバチバチ音を立てています。
道路には多くの露店が出ていて、
いわゆる屋台の食べ物やTシャツやバンダナ、
タクシンのお面など
赤色グッツ屋がところ狭しと並んでいます。
お酒は禁止されているので、
売っていないし、誰も飲んでいません。
もちろん必要なトイレは、
大型観光バス型のトイレ車が設置されていました。

民主記念塔ロータリー内にあるマクドナルドも営業していて、
赤シャツを来たグループや
普段着を来たグループも数組いました。
偶然なのか、マクドナルドのスタッフも
赤いサンバイザーをかぶり、
制服も赤っぽいストライプの入ったシャツ。
周囲との違和感が全く有りません。

私たちは赤シャツを着ていないし、
弟もいて、一目で外国人とわかるので、
ちょっと周りの目が気になりましたが、
民主記念塔から、メインステージまで歩いてみました。
テント型の露店やその裏で休息を取る人が
道路の両端に並んでいます。
多くの人が行き交い、買い物をしたり、だべったり、
赤色祭りのように見えなくも有りません。

メインステージ前は、TVで見る様に
かなりの人で埋め尽くされ、ステージに立っている人は米粒。
距離にして150m位はあったと思いますが、
それ以上は近づけないので、記念写真を撮って、
ホテルに戻りました。
ホテルの路地を曲がると、
演説の音は僅かに聞こえるだけで、
ぐっすり眠ることができました。

たくさん人が集まった時の、
タイ人の段取りの良さに
TVCMの撮影コーディネート会社に居た時も、
お寺でメディテーションをした時も、
多いに感心しましたが、
今回の赤シャツの集会はその数百倍の規模。
それでも集会に集まった人々が、
長い日数、道路で過ごせる段取りを取れるのは、
さすがタイ人のなせる技。。すごい。。。

戻ってきました。その中の結構タイムリーな話

2-3日前、母と弟との楽しかったタイ旅行が終わり、
チャーン島に戻ってきました。
トラート空港からミニバスをランナーカフェの前で降りると、
リウはもちろん、飼い猫パンケーキも家の奥から出て来るし、
野良犬から飼い犬に昇格してだいぶ経ったチョンプーも
しっぽを振って歓迎してくれました。

今回の旅行は、トラート空港に
母と弟を迎えに行ったところから始まり、
チャーン島を4泊、中継地のバンコク2泊した後、
行き先がまとまらずに2方向に分かれ、
Aチーム(母、私)クラビ、ピピ島、
Bチーム(弟)チェンライと各々楽しみました。
そして旅行日程の最後の2泊は、再びバンコクに集結。
しかも集結した場所は、タノン・ディンソー。

バンコクの地理に詳しい方なら御存知と思いますが、
バンコク都庁、そして民主記念塔のある近く、
ラチャダムヌンを挟んで、カオサンの反対側にある場所。
そう、そこには、私たちだけではなく、
すでに赤シャツが集結しています。

このタノン・ディンソーにはバーンディンソーという
すごく評判の良いホステルがあって、1月末には予約を入れ、
泊まった事のないエリアの滞在を楽しみにしていました。
赤シャツは2月末くらいから集結し始めたのですが、
先の事だし、日程が迫ってから考えれば良いと
気にかけていなかったのですが、
とうとう宿泊1週間前。まだ状況が変わっていないぃぃ。
スクンビット周辺なら、問題ない、
ということは分かっていたのですが、
このディンソーでどうするかと独り悩んでも仕方ないので、
ホステル側に電話をして状況を訊くと「問題ない」とのこと。
ステージの音もほとんど聞こえないそう。

宿泊直前の集会の状況も確認し、
特に衝突が起きている訳ではなかったので、
予定通り泊まる事にしました。
一通りスクンビットで遊んだ後、タクシーでホステルへ。
途中、何ら変わりのない風景。
赤い大鳥居の方向から、バンコク都庁の前に来ると、
TVで見た光景が少しづつ広がってきました。
赤シャツを着た人が多くなり、可動できる小さな柵をつけて
一応赤シャツの人が検問をしています。
でもその脇にアイスクリームで有名なお店が有って、
一般市民でにぎわっていました。
メールで何度も警告を出している
日本大使館員が知ったら、たまげてしまうかも。
民主記念塔が50メートル先くらいに迫った路地を左に入り、
ホステルに無事に到着。
1950年代の建築された家を改築したホステル。
真っ白な木造建築に、中庭にはモロッコ風のタイル。
とってもかわいい。(つづく)


母と二人旅 タイ バンコク篇 ~最終回

09/02/03

母の見送りで、チャーン島からバンコクへ。
滞在は3日間。

前回3月に来た時の母のホテルは、
スクンビットエリアでは高級クラスのエンポリアムスイート。
バンコクに好印象を持ってもらうために、
ちょっとゴマをすった選択。
しかも角部屋だったので普通よりちょっと広い。
もちろん思った通りの反応でした。

しかし今回は旅慣れた事だし、
やや普段めで一味変わったオンヌットの「Imm Fusion」、
モロッコ風のインテリアのデザイナーズ・ホテルを選びました。


小さい部屋のコンパクトに、
2ベットやTV、チェスト、デスク、ミニバーが収まっていて、
使い勝手はまぁまぁ、1900バーツという値段相応。
難といえば、窓が小さく、天井が低いということ。

そしてバンコク観光に来て、一度も川沿いに行かないと、
物足りなさが残ります。
そこで、まだ行った事のないミレニアム・ヒルトンへ行って、
アフタヌーンティー。
もとを取るためにもゆっくりと、
読書もしたり、2時間以上の滞在。


夕日が沈む頃、ヒルトンを後にし、
エカマイのタイスキMKで夕食。
あとは夜の母のフライトを待つのみ。

長旅で母といるのが当たり前になった21日間、
いざ別れの時間が近づくと、切なくなります。
(今度会えるのはいつでしょう。)
母もそれに気付いたのか、
私の胸が一杯になる前に、さっとゲートに入ってしまいました。
旅の終わった安堵感と別れの寂しさで、
目に溜まった涙が一筋流れると、
すりガラス越しに母がこちらに向かって走って来るのが見えました。
大きく手を振って「バイバイー」っと。
そして、再びパスポートコントロールの列に戻って行きました。
列に並んだ母の後ろ姿を審査が無事に通過するまで見届け、
とうとう母の姿が見えなくった時、
「本当に旅が終わったのだなー」と、また一筋、涙がこぼれました。

母と二人旅 タイ チャーン島(2) 篇

09/02/01

今回の年末年始は、
世界経済と空港占拠の影響があって、
チャーン島も例年ほど混み合わず、
カフェはリウ1人でも回せる感じ。

そこで前回母が来た時、
体験しなかったバーンクワンチャーンの
「エレファント・トレッキング」に行きました。
私は参加が2年振りですが、
スタッフもロケーションも素朴さが変わる事なく、楽しー。


↑象使いのポジションに乗る私。Photo by 象使い

そして、バンバオのシーフードレストラン、
チャオタレー・シーフードへ行きました。
母はお気に入りのタイ料理、
「グン・トート・マカーム」(揚げエビのタマリンドソースかけ)を
食べるのが目的。

併せて、前々から寄りたかったバンバオのお店、
日本人の女の子がやっている2軒にも行きました。

まず、最初はりつ子ちゃんのところ。
「moon shop」オリジナルのアクセサリー屋さん。


ビーチリゾートに合う、
とてもかわいいネックレス、ブレスレットなどあります。

それから、猫飼い繋がりで仲良くなったいずみちゃんのお店、
「美味(Bimi)」かわいい雰囲気の日本食レストラン。


いずみちゃんの握る一口サイズのお寿司、カラッと揚がった天ぷら。
その他、とんかつ、生姜焼きなど多数あります。
場所は、幹線道路からバンバオ方面に曲がって、50m程のところ。
ボードウォークよりも100m程手前の道路沿いです。お寿司の旗が目印。

この2人以外にも、アイヤラシーフードで夕食をご一緒したKiさんファミリー、
私の友達のマンションのお隣さんでチャーン島に遊びに来てくれたKoさんファミリー、
そしてよくブログを見てくれているYちゃんのグループ、
と母が話す機会があり、バンコク在住の皆さんのバイタリティーに感心していました。
私も母がこういう機会を持てた事をとても嬉しく思いました。

母と二人旅 タイ チャーン島(1) 篇

09/01/31

もちろん旅先での出来事も楽しいですが、
旅が終盤になると、
ホームグラウンドに戻れる待ち遠しさも湧いてきます。


↑チャーン島に渡るフェリーにて。母と私の2ショット。



飼い猫パンケーキや旦那リウが恋しいし。。。
そして、タイ東北地方/ラオスが寒かったこと、
シェムリアップが土埃がすごく、
鼻や口を何か布で塞いでないと歩けないことなど、
いつも暖かく、おいしい空気のあるチャーン島と、
頭の隅で比較してしまう。

そんな時、心をよぎるのはこんな話。
カフェに来た欧米人が、まれに
「タイはどうしてxxxなの?」「タイ人はなんでxxxなの?」
と旦那リウ(タイ人)を質問攻めにします。
そんな時の答えは、
「ここはタイ、あなたの国より発展していない国だ。
欧米と比較すれば、システムも悪いし、教育レベルも低い。
快適さ、合理性を望むなら、なぜタイに来たのか。
タイを旅先として選んで来たのは自分自身。
これらを認めることができないなら、
旅に出ず、自分の家に居ればよい。」
これを聞いた相手のさっきまでの勢いはどこへやら、
黙ってしまうそう。

~そしてチャーン島の家に到着~

ややっ現実!
洗濯物が溜まり、掃除もしっかりやらなくちゃ!という状態。
あ~やっぱり旅先が恋しいー、と言うことになりました。

ところで、母にとって今回は2度目のチャーン島。
これまでは観光に忙しい旅だったので、
島では特にイベントもなく、
ゆっくりとした1週間の滞在になります。

母と二人旅 カンボジア シェムリアップ篇

09/01/28

さぼっていた話「母と二人旅」には、
まだ続きがありました。

さて、シェムリアップ。
この町には、5年前に雑誌のスチール撮影を依頼され、
遺跡といくつかのリゾートホテルを回ったことがありました。
当時の記憶では、舗装された道路はなく、赤土ばかり、
また、お店もチラホラあるくらいだったような。
しかし今回、噂には聞いていましたが、
道路は整備され、ホテルやスタイリッシュなレストラン、
雑貨屋も数多くあり、まるで初めて来た町のよう。

そして、5日間滞在して感じた事がありました。
カンボジアという国は、アンコールワット以外の自国の文化(慣習)を
あまり観光客には見せないという事。

例えば、タイに行けば「サワディーカー」「コップンカー」、
ラオスなら「サバイディー」「コップジャイ」と、
外国人観光客に対しても、自国の言葉で挨拶や御礼を言います。
おそらくどこの国でも同じでしょう。
しかしここカンボジアでは、たまたまだったのかもしれませんが、
カンボジア語での挨拶や御礼を一度も耳にしませんでした。
また通貨にしても、ほとんどのレストランが米ドル表示のみ。
タイでもラオスでもドル表示はありますが、
自国の通貨も必ず併記されていました。

アンコールワットはとても素晴らしい遺跡であり、
トゥクトゥクのおじさん達も英語が達者で商売上手だし、
ホテルスタッフも丁寧で楽しい滞在でしたが、
何か親しみ辛く、普通の国とはちょっと違う感じ。。

そこで旅が終った後、カンボジアの近代史に関する本、
「最初に父が殺された」ルオン・ウン著を手にしました。
これには、著者が幼少の頃(70年代)の体験、
ポルポト時代の大虐殺を生き延びた話が綴られています。
それによると商業、文化、宗教、教育までもが悪として迫害され、
これに関わっている人、推定でカンボジア国民の25%程が、
ポルポト派によって虐殺されたと記されています。
この経緯には、カンボジアがアメリカと関わり、
ベトナム戦争に巻き込まれて行く、という出来事もありました。
(現在、ポルポト派は壊滅し、16年程続いている
フンセン政権の元、安定しているようです。)

私が今回の旅行で感じた事と、
この歴史がどれだけ関係あるかはわかりません。
そしてカンボジアと国境を接するトラート県内のチャーン島には、
私の顔見知りも含めて、多くのカンボジア人がいます。
この本を読むまでは、何となく聞いた事のある歴史で、
身近に感じていませんでした。
しかし今回滞在したおかげで、色んな事を考えさせられました。



工事途中で土の部分もある町中



ちょっと町中を外れると、のどかー

母と二人旅 ラオス ルアンパバン篇

09/01/17

空港からソンテウに乗り、
ルアンパバンの町中に入ってくると感じるのは、
散歩が楽しそうという事。
母も私も今回の旅の訪問地で一番気に入ったところ。
軒を連ねた古い建物が、
それぞれセンスよく飾り付けられ、
レストラン、ゲストハウスなどに利用されている。

宿泊ホテルは町のど真ん中のラマヤナホテル。
http://ramayana-laos.com/lpb/
古い屋敷を改築してホテルにしたそう。




写真左)ホテルの外観
写真右)部屋の扉から室内を覗く

町の散歩を十分に楽しんで、
「翌朝は早起きして托鉢を見よう」と決め、
夜11時頃就寝。。。。zzzz

「ブーン(アクセルを開ける音)」「キー!!(ブレーキ)」
「ペチャペチャ(話し声)」さらには「コケコッコー!」

目が覚めた。(だれでも寝てられないはず!)

外はまだ真っ暗で朝になっている気配はない。
窓から見て分かるのは、ホテル前の細い道路にソンテウやバイクが行き交い、
多くの人が大荷物を抱えている様子。
これから一体何が始るのやら???

母も寒さに震えながら、窓から長い時間観察。
しばらくしてわかったのは、これは朝市で、
このホテルを中心に縦横の道路が会場になっていたということ。
カゴの鶏を売っている人が居るわ、魚屋、八百屋があるわ、
洋服屋、雑貨屋、お菓子屋、何でもあり。

中でも肉屋はかなりグロテスク。
さっき切ってきたような生々しい部位や、
巨大ネズミ(モルモット?)や蛇も並んでいたのだ。。。



それにしても、ルアンパバンの朝は、
凍えるほど寒かった~。

母と二人旅 ラオス ヴィエンチャン篇


09/01/16

タイからラオスへは陸路で入国。

ラオス側へ国境を通過すると、
タクシーやトゥクトゥクの客引きが一斉に寄って来た。
近くに公式タクシーの値段の看板があって、
それよりも安い200バーツで、
ヴィエンチャン町中のホテルまで行くことで交渉が成立。
ラオス物価から考えると高い金額と思ったけれど、
この値段で妥当と思えるくらいの距離が有った。

前評判通り、ラオスの首都であるのに、
ヴィエンチャンは小さな小さな町。
1時間もあれば、徒歩で町中を周遊できてしまうというのは、本当。
そして、タイバーツもタイ語も不自由なく使える。
とはいえ、タイの東北地方都市とは雰囲気が違い、
外国人観光客は多く、洒落たカフェやレストランがある。
緯度はタイより北に当たるのに、陽射しが暖かい♪



主な観光地パトゥーサイ、タートルアン、タラートサオなど、
あっという間に見終わり、連日昼寝の時間も取れる程、
まったりとした2日間のヴィエンチャン滞在でした。

ちなみに宿泊ホテルは、Lao Orchid Hotel(45ドル/室 BF付)
http://www.lao-orchid.com/
床は落ち着いた色のフローリング、
陽が差し込む大きな窓のある明るい部屋、そしてテラス付き。
ロケーションも良いミニホテルでした。




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